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甲府地方裁判所 昭和38年(ワ)25号 判決

原告

神田富江

ほか四名

被告

依田恒雄

ほか一名

主文

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

1  被告らは各自、原告神田富江に対し、金二三〇万九八〇三円、同神田正夫、神田正二、神田明、内藤由子に対し各金九五万四九〇二円および右各金員に対する昭和三八年二月二〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行の宣言

二、被告

1  主文一、二項同旨

2  仮執行免脱の宣言

第二、主張

一、原告ら

(請求原因)

1 被告依田は、昭和三七年一二月二〇日午後二時二〇分ごろ、普通貨物自動車(山梨四な六九五一)を運転し、甲府市相生町四八番地先道路において、東方に向けて道路左側に停車し、運転席から下車する際、後方から進行してくる車両の有無を確かめその安全を確認せずに右側ドアを開けた過失により、折から後方より、本件自動車の右側に進行して来た原告神田富江の夫、その余の原告らの父である神田堅二運転の原動機付自転車の左バツクミラーに右ドアの端を衝突させ、同人をして、右自転車もろとも道路上に転倒せしめ、よつて同人に対し頭部打撲症、頭蓋底骨折、呼吸麻痺の傷害を負わせ、同日午後一〇時五〇分ごろ死亡するにいたらしめた。

したがつて、被告依田は民法第七〇九条に基づき原告らに対し本件事故によつて蒙つた損害を賠償する責任がある。

2 被告塩沢は本件自動車の運行供用者である。すなわち、

(一) 被告塩沢は妻塩沢君江の所有名義である本件自動車を同人の承諾を得て、自己の経営する自動車修理ならびに運搬業に常時使用していた。

(二) 被告依田は被告塩沢に雇われて右業務に従事しており本件事故は被告依田がその業務として本件自動車を運転中ひきおこしたものである。

したがつて被告塩沢は自賠法第三条に基づき原告らに対し本件事故によつて蒙つた損害を賠償する責任がある。

3 原告らは本件事故によつて、被告らに対し次のとおりの損害賠償請求権を取得した。

(一) 亡堅二は、本件事故当時、株式会社神田陶器店の代表取締役として給料月額金六万円を得、本件事故当時満五六才であつたから、本件事故がなかつたとすれば、その稼働年令満七〇才にいたるまでなお一四年間就労し、この間前記の収益を取得することができたのに、本件事故のため右の得べかりし利益を失つた。右利益のホフマン式計算法による現価は、金五九二万九四一一円となるが、責任保険により給付を受くべき金五〇万円を控除した残額金五四二万九四一一円の損害賠償請求権について原告神田富江はその三分の一にあたる金一八〇万九八〇三円を、その余の原告らはそれぞれ六分の一にあたる各金九〇万四九〇二円を相続した。

(二) 本件事故による原告らに対する慰籍料は、原告神田富江については金五〇万円、その余の原告らについては各金五万円が相当である。

4 よつて、被告らに対し原告神田富江は、金二三〇万九八〇三円、その余の原告は各金九五万四九〇二円および右各金員に対する訴状送達の翌日である昭和三八年二月二〇日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを求める。

二、被告ら

(認否)

1 請求原因1のうち被告依田が主張の日時場所において本件自動車を主張のように停車したこと、亡神田堅二が原動機付自転車を運転して後方から進行中、本件自動車の附近で転倒し、死亡したこと、亡堅二と原告らとの身分関係が主張のとおりであることは認めるがその余は否認する。

2 同2のうち本件自動車が被告塩沢の妻君江の所有名義であること、被告塩沢が自動車修理業を営んでいたことは認めるが、その余は否認する。

君江が被告依田を雇傭して本件自動車によつて運送業を営んでいたものである。

3 同3のうち亡堅二の職業が主張のとおりであつたことは認めるが、その余は争う。

三、被告塩沢

(抗弁)

本件事故は、亡堅二において原動機付自転車の運転を誤まり停車中の本件自動車の後部ボデイに自ら接触して、平衡を失い、さらに前方ボデイに激突し、路上に転倒したことによるものであつて、被告依田には本件自動車の運行について過失はなく、かえつて亡堅二の過失によつて発生したものである。

四、原告ら

(認否)

抗弁事実は否認する。

第三、証拠〔略〕

理由

一、請求原因1主張の日時場所において被告依田が本件自動車を東方に向けて停車していたところ、亡堅二が原動機付自転車を運転して後方から右側に進行してきて本件自動車の附近で転倒し、主張のとおりの傷害を負つて主張の日時に死亡したことは当事者間に争いがない。

二、そこで、本件事故発生の原因について判断する。

1  〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認定することができる。

(一)  本件事故の実況見分を行つた警察官は、本件自転車の左側バツクミラーが支柱の基部からはずれて現場に落下しており、且つ、ミラーの縁端に塗料様のものが附着していたことから、被告依田が本件自動車の右側ドアを開き、自転車の左側バツクミラーが自動車の右ドアの端に接触して本件事故が発生するに至つたものと推測したが、立会つた被告依田はドアを開いたことを極力否認した。翌日、警察署における取調に際しても被告依田の供述は変らなかつたので警察署構内において原、被告側関係者をも交えて本件自動車、自転車について接触の有無、状況を調査、検討する傍ら、その間被告依田の供述調書が作成されていた。ところが、他の警察官が、自転車の左側ハンドルの防寒覆にかぎざきがあり、自動車の右側ドアに右覆のものと思われる繊維が附着していることおよび自転車のサドルが破れて基底部の金具に本件自動車のものと思われる塗料が附着していることを発見したと云い出した。そこで、取調にあたつた警察官は、これらの事実を基として被告依田を追求したけれども、被告依田はいずれの事実も納得できないとしてドアを開いたことを認めなかつたので、警察官は、このままでは供述調書の作成ができない旨および亡堅二について保険給付も受けられない旨強調し、場合によつては勾留されるかもしれないと云つてドアを開いたことを認めるよう強く促した。被告塩沢は取調に付添つて、この状況を見ていたのであるが、被告依田に対し、原告らにおいて保険給付を得るためにドアを開いたことを認めるよう仄めかしたところ、被告依田はこれを察知するに至つた。かくして「右側ドアを二〇糎か二五糎開いたところ、ドアの中央辺に亡堅二が左手を衝突させ、その際自転車左側バツクミラーにドアの端もあたり、さらにドアの下の角が自転車のサドルに接触してスポンジにくい込み、中の台にまであたつて、ハンドルその他に衝撃を受けて転倒したものと思います。」との記載のある供述調書が作成されたのであるが、送検された被疑事実は「右側ドアを開き、自転車の左ハンドルのあたりをドアの端に衝突させた。」というにあつた。送検後、検察官の取調に対し被告依田はドアを開いたことを再び全面的に否認し、検察官は、けつきよく「被疑者の弁明を覆えすに足りる証拠はなく、同人がドアを開いたと断定するのは困難である。」との理由により嫌疑不充分として不起訴処分の裁定をした。

(二)  ところで、本件自動車、自転車の大きさ、形状、接触ないし衝突したとして想定される相互の位置関係等から判断すれば、被告依田の警察官に対する前示供述記載のように、自動車の右側ドアを二〇糎か二五糎開いた状態で「自転車が(イ)ドアの中央辺に左手を衝突させ、(ロ)その際、左側バツクミラーもドアの端にあたり、(ハ)さらにドアの下の角が自転車のサドルに接触してスポンジにくい込み、中の台にまであたる。」との経過をたどることは通常の事態としては、まず考えられないことというべきである。また(イ)、(ロ)が同時に生じ得たとしても、これに次いで(ハ)が生ずるものとは考えられないし、仮に(ハ)が先に生じたとすれば(イ)、(ロ)が生ずることはないものと考えられる。いずれにしても衝突時の経過に関する前示供述は全体としていかにも不自然であるのみならず、仮に衝突したとして、被告依田が瞬時のことであるべき衝突の経過を逐一現認していて、これに基づいて任意に供述したものとは認められない。このことは前示供述調書においてすら「思います」として結ばれていることによつても明らかというべきである。しかも、普通の速度で進行してきたものと推認される亡堅二の自転車が停車している本件自動車の右側ドアの縁端に接触ないし衝突したとすれば、自動車、自転車はもとより亡堅二の身体にも、これによる顕著な痕跡、傷害が残つて然るべきはずであるのに、それと認めるに足りる形跡は存在しない。バツクミラーおよびサドルに附着していたとされる塗料、ドアに附着していたとされる繊維についても微量の理由でその同一性の有無については捜査段階においてすら鑑定されることなくして終つた。しかも、前示(イ)、(ロ)、(ハ)を個別的にみても(イ)ハンドル防寒覆の傷はかぎざきであつて直線的なドアの縁によつて生じたものとは考えられない。(ロ)左側バツクミラーは事故前から支柱基部のボルトがなくて固定していなかつたのが、本件事故の際、はずれ落ちたもので、ミラー自体にはなんらの損傷もなく、その支柱もまがつたりしていなかつた(ハ)自転車のサドル左側のかぎざきの傷は本件自動車の右側ドアの下端角の高さと位置においてほぼ一致することは認められるが、損傷はサドル基底の金具に達する程のものであつて、亡堅二の左大腿部等になんらかの傷害を与えることなくしてサドルのみ右側ドアの下端角によつてかような損傷を生ずるものとは考えられない。

(三)  右(二)認定の諸事実と前示(一)認定の捜査の経緯および〔証拠略〕を総合すると、本件事故の前に本件自動車の右側ドアを開いたことはない旨の被告依田の弁明は充分信用することができるものというべきである。

(四)  かえつて、亡堅二は本件事故当時自転車の後部荷台に鮭の包みを荷台からはみ出して積載していたのであるが、本件自動車のボデー後部に、右積荷によつてこすつたものと認められる顕著な痕跡があつたことからすれば、亡堅二は本件自動車の右側を通過する際右積荷を本件自動車の後部ボデー右側に接触させながら進行したために、本件自動車の運転台付近において自ら平衡を失い、これが原因となつて転倒し本件事故にいたつたものであると認めるのが相当である。〔証拠略〕のうち前示各認定に反する部分は信用できなく他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、被告依田が本件自動車の運行に関し注意を怠つたことに基づくものではなく、亡堅二の過失に基づくものといわざるをえない。

そして、被告塩沢は、本件事故が本件自動車の構造上の欠陥および機能の障害に基づかずして発生し、かつ被告塩沢の被告依田に対する選任監督上の注意義務の遵守いかんが本件事故の発生になんらの因果関係もないことを黙示的に主張し、右事実は原告らにおいても認めているものというべきである。

三、よつて、原告らの被告らに対する本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないことが明らかであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久)

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